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2014.04.06 Sunday

パンクを喰う

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     パンクを喰う


    去年ブログで「ソーラー武道館レポート」内で、中村達也のかつてのバンド「オキシドール」のことを少し書いたら若い人に受けたので、昔体験したパンクのことを書こうと思います。


    私むかしパンクスでした。と言っても鼻にピアスしたり、髪を突っ立てていた訳じゃないです。
    パンクが私の解放区で(もうひとつがシュールレアリズムの絵画)そこに自由を見出したのです。


    最初にパンクを知ったのは、高校の時のNHKの海外ニュースでロンドンパンクの情報でした。同時にファッションとしてのパンク。その情報源は「ホットドッグ・プレス」か何かの雑誌だったと思います。


    もともと兄の影響で日本のメッセージ・フォークに興味を持っていましたが、私の時代は「ニューミュージック」に移っていて、70年代のラブ&ピースの熱いフォークはなかったです。そんな80年代初めに「ニューウエーブ」と称して海外の音楽や日本のロックが私の目の前に溢れ出したので、興奮して飛びつきました。


    王道のRCサクセションやシーナ&ロケッツらに交じって、リザードやフリクションらの「東京ロッカーズ」の情報も入って来ました。でもなかなか音源が手に入らなくて・・・ただ彼らはロンドンのピストルズやクラッシュやニューヨークのラモーンズとあまり時差なくパンクをやり出したと聞いていたので無性に聴きたかったですね。


    そんな状況から「これは俺たちの時代の音楽なんだ」と確信して行きました。ビートルズ無き時代の自分達の音楽として、これに乗らずにはおられない感じでした。


    ロンドン・パンクのセックス・ピストルズは聴き出した頃はすでに解散していて、主に聞いていたのはクラッシュとストラングラーズやダムド。ビートにはしびれましたが、英語の歌詞が解らなくて対訳歌詞ではメッセージは届きにくかったですね。


    そんな時、手に入れた日本のパンクアルバム2枚。イヌの「メシ喰うな」とアナーキーの「アナーキー」。「メシ喰うな」はインパクトが強かったなぁ。あの頃から町田康(町田町蔵)の言葉はとんがっていたね。
    アナーキーはクラッシュの曲を入れていました。これなら解りやすい。


    少し遅れて「めんたいロック」が登場。ザ・モッズ(当時の私の一押バンド)やルースターズ・陣内孝則のロッカーズが注目株でした。社会面では雑誌「フォーカス」が遠藤ミチロウのスターリンを取り上げて過激なロックとしてのパンクが話題になっていました。


    そんな中、石井聰亙監督の「爆裂都市・ バースト・シティ」で町田町蔵や遠藤ミチロウ・陣内孝則などパンクシーンのミュージシャンが熱演。感性鋭い監督が時代を読んでの出演要請だったと思います。


    京都の友人の話によると、デビュー前のローザ・ルクセンブルグの「どんと」と町田町蔵が同じディスコでバイトしていてそこでパンクを流していたと言うからスゴイことです。


    名古屋にもスタークラブや原爆オナニーズがあって活発に活動していたのですが、なぜか私は彼らを見ていない。タイミングが合わなかったのか怖かったのか。ちょっと外れでいますが「なぞなぞ商会」は見ています。


    少し遅れて東京のインディーズシーンからブルーハーツが出てきました。ストレートなビートにメッセージ色強い歌詞それにフォークのようなコード進行は、今までありそうでなかった日本のパンクの登場でした。
    ヒロトの顔はパンク顔の典型。それに絡むマーシーの隠喩効いた言葉とメロディ。やりましたね。100パーセントGoodです。


    ヒロトもマーシーも私と同世代(どんとも町田康も)です。同じ時代の空気を吸ったのだと思います。パンクに惹かれる理由が一致すると想像しています。


    その後、自然とブルーハーツの類似系が出てきますが、それはそれで良かったです(ジュンスカとか)。「ほこ天」から「いか天」に流れが移ってもビートパンクは人気がありました。


    名古屋では中京テレビが「5時SATマガジン」内で人気DJの柴田チコがビートパンクを紹介していました。ラフィン・ノーズも出ていたと記憶していますが、チコさん結構大胆にやってましたね。


    インディーズ系ではそのラフィン・ノーズと人気を2分していたのがウイラードでした。私も彼らがかっこいいと思っていましたね。ラフィン・ノーズの「聖者の行進」が同時の私の応援ソングでした。


    (この回想で多少時間軸の交錯があると思います。私自身の記憶が曖昧なのでそうなるのですが、自分も音楽をやっていたので、皆にやっかみ半分、あこがれ半分の複雑な20代の感性でした。)





    50を超えた現在はパンクロックを聴くことはほとんどないです。自分の中ではブルーハーツのファーストとセカンドアルバムまでで満足してしまって、その後の動向にはうといです。(ハイスタンダードを知ったのは最近のこと)海外勢もグランジのニルバーナやR・E・Mまで。


    新しいのはまったく解りません。


    パンクってなんでしょう。 反逆性・・・メッセージ・・・ファッション・・・スピード・・・ビート・・・歪み・・・若者の叫び・・・・明快な答えはありませんが、強烈な思い出があります。


    オキシドールのライブでのこと。バンドが「(シティ)サーファーをやっちまえ」と観客を煽っている物騒な雰囲気の中、黒ずくめのコアなファンは片隅でとぐろを巻いていましたが、演奏が始まると真っ先に会場の真ん中で踊り出したのは、背広を着たサラリーマン風のお兄ちゃんでした。


    彼のファッションはパンクスには見えないけれど、正真正銘のパンクスでした。大人社会にNOと言う押さえきれない衝動を、自分もたしかに共有していました。


    ストーンズが未だに「I can’t get no satisfaction.」と歌っているロッ業界。パンクの意味も時代ともに変化していくでしょう。それでも変わらないモノがあって、それが自分中の永遠の「PUNK」なのです。

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