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2012.11.17 Saturday

勝手に解釈・私の「日本のフォーク史」その1

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    勝手に解釈・私の「日本のフォーク史」その1


    自分ながら「フォーク史」とは仰々しいなぁ、と思っています。少々無理のあるお題ですが、行ってしまいましょう。
    どこまで行けるかな〜。

    私の住む・恵那市は中津川市の隣街です。中津川市に再編されましたが「椛の湖」のある坂下町も地元とも呼べます。


    中津川と言えば、フォーク通にはピンとくる「中津川フォークジャンボリー」があった所ですよね。
    会場は、中津川市郊外(山の中の湖)「椛の湖」(はなのこ)です。


    私が18歳のとき、この「椛の湖」に訪れて感慨深く湖畔にたたずんだことを思い出します。
    「フォークの聖地」と認識してのことです。


    1961年生まれの私が第1回から第3回まで行なわれた「中津川フォークジャンボリー」(1969年から1971年の開催)を観ることなどない訳ですが、伝説として記憶にあったのは、兄がいたからでしょう。


    初めてフォークレコードを聴いたのが「サイモンとガーファンクル」でした。それをモノラルテープレコーダーでスピーカーの前にマイクを置いて録音し、布団の中で繰り返し聴いていた小学生でもありました。(「サイモンとガーファンクル」は暗い音楽だと思った。)それが初めてのフォーク体験ですが、次第に音楽そのものに惹かれて行きます。


    フォークと言えば、ギターと続くのが当時の常識でして、ギターの思い出と言ったら、兄がクラシックギターにフォークギターの弦を張り、真夜中にバ〜ンと大きな音を立ててブリッジが外れてびっくりしたことです。


    その後、モーリスのOMタイプのフォークギターを名古屋・大曽根の楽器屋で買っていましたね。(そのお下がりが私のファーストギター)


    ところで写真にある「日本のフォーク史」という楽譜集が当時からありました。
    大半が知らない曲でしたが、中学生になった私にもプロテストソングが多いことは解りました。
    その中でも「中津川フォークジャンボリー」はキーワードとして扱われていたと思います。


    私の頭に、「フォークソング」=「プロテストソング」という図式が出来上がってしまった原点はここですね。それは今も変わらずあります。(この文章はその視点から書かれています。)


    それはひるがえって、それは米国のシンガー「ボブ・ディラン」に行き着きますが、ほかに「ジョーン・バエズ」「PPM」が「プロテストソング」のフォークシンガーという位置づけになっています。


    ジョン・デンバーやS&Gは、「プロテストソング」と少し距離があるように思いました。また「ビートルズ」が発信しているメッセージも「プロテストソング」に通じるとも言えます。



    「中津川フォークジャンボリー」は、1969年8月15日から17日の「ウッドストック・フェスティヴァル」より早い開催だったと資料にはあります(8月9・10日)が、「平和の祭典」の色合いが強く、かつ「学生運動」の匂い漂うフェスティヴァルだったでしょう。


    英語なら「Love&Peace」ですが、日本語なら「反権力」「安保反対」といったところでしょうか。


    「中津川フォークジャンボリー」の出演者で、重要な人物は「岡林信康」です(プロテストソング/メッセージソングの発信者として絶大な人気を得ていたといいます。)が、中学・高校時代の私が彼の唄を聴くことはなかったです。彼は「フォークの神様」に祭り上げられ、いやになって隠遁してしまうんですね。それで80年代前後には彼の唄は姿を消してしまいます。(岡林が坂下に住んでいたと、その地にあるギターメーカー勤務のとき知人に聞かされ感嘆した私です。)


    しかし、音楽的に見ると彼の曲は、80年代前後には合わなくなっていたと思えます。曲調の変化が乏しくメッセージも厚みが不足していると感じます。70年前後の時代性があったとしても、すでに楽曲としては古く感じてしまいます。


    それでも、私は18歳から20歳までは「岡林信康」はじめ「フォークジャンボリー」出身シンガー「加川良」「あがた森魚」「三上寛」「友川かずき」「友部正人」など一生懸命聴きましたよ。


    古く感じながらも、「フォークジャンボリー」のノスタルジーを感じながら頑張って聴きました。そう、頑張らないと聴けなかったのですね。私はもうロックの虜になっていましたから、サウンド的にも、ビジュアル的にもちょっと物足りなかったのが正直なところです。(RCサクセション・忌野清志郎にぞっこんでした。)


    しかしここでの話は「日本のフォーク史」ですから、再び70年代、それも後半、中学生の頃に戻します。いわゆる「四畳半フォーク」のころ(正確には盛り過ぎ、ここからニューミュージックへと交錯して行く頃)に戻ります。


    「フォークジャンボリー」の生き残り「吉田拓郎」の話をしましょう。


    次回へ。

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